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蜜蜂と遠雷

 「ああ、我々は、自分をこの音楽家に託してよいのだ。」

 久しぶりに、読み進むのがもったいない、読み終わりたくないと思える小説に出会えた。ピアノコンクールを舞台に、人間模様と音楽を描いた恩田陸の小説「蜜蜂と遠雷」である。
 養蜂家の少年、元プロであった少女、アメリカで実力を磨いた多国籍の系譜をもつ青年、音楽家への夢が捨てられない会社員など、参加者が織りなす演奏を軸に、それらを取り巻く人々や審査員など様々な視点でコンクールの進行を紡いでゆく。
  ピアノ演奏の魅力をここまで具体的に表現した作品があっただろうか。登場人物それぞれが、曲から受ける心象を記していく。それにより、ピアノが奏でる音楽が表現するものを豊かに描き出していく。
 音楽への深い愛情が、繊細な言葉によって伝わってくる。同時に、人々の生き様が、音楽によって見事に浮き彫りにされていくのだ。登場人物に共感し、何度涙を溢れさせたことだろうか。
 音楽の素晴らしさを人々のハーモニーで奏で、いつまでもその調べに浸っていたいと感じさせる素敵な小説。

蜜蜂と遠雷(上)

蜜蜂と遠雷(下)(幻冬舎文庫)

かがみの孤城

 学校に行けなくなった中学生こころは、自室にこもる毎日が続いていた。ある日、鏡が光り中に引き込まれると、そこには似た境遇をもつ七人の中学生たちがいた。
 辻村深月の「かがみの孤城」は、学校にうまく向き合えない子どもたちの心情を丁寧に描いた小説。ファンタジーの体裁をとっているが、その設定が惹き付ける力をもち、最後まで一気に読ませる。様々なことがらが最後に収束していく様は圧巻で、良質のミステリーに接した読後感があった。

かがみの孤城

幕が上がる

「答えはすべて稽古場にある」

 高校演劇部の生徒たちを描く平田オリザの小説「幕が上がる」を原作とする映画。ももいろクローバーZのメンバーが主だった役を演じる。
 演劇にかける女子高生の姿にどんどん引き込まれる。役を演じる彼女たちの前向きさが、ひしひしと伝わってくる。原作者の平田オリザも演技指導に関わっており、実際に彼女たちが成長するドキュメンタリーの趣きもある。
 高校時代は、迷いも悩みも、すべて将来の糧となっていく。そのことを衒わずに表現する脚本が素晴らしい。高校の豊かさと実りがリアルで知的に映像化されている。
 高校生のひたむきさが爽やかな感動を与えてくれる真っ直ぐな青春映画。

幕が上がる [ ももいろクローバーZ ]

幕が上がる (講談社文庫) [ 平田 オリザ ]

シェフ 三ツ星フードトラック始めました

 ロサンゼルスのレストランで料理長を務めるカールは、評論家の酷評に反論し、その映像がネットで炎上する。解雇されたカールは、古いトラックでサンドイッチの移動販売を行う。
 冒頭の包丁さばきから惹き付けられる。随所に出てくる料理のうまそうなこと。トラックを手に入れてからは、ロードムービーの趣きとなるが、同行する子役がとても良い。
 監督・脚本・製作・主演を務めるジョン・ファヴローの才気を感じる。料理の素晴らしさを堪能させてくれる良作。

シェフ 三ツ星フードトラック始めました (字幕版)

群衆心理 (まんが学術文庫)

 ル・ボンの「群集心理」に関する論考を、フランス革命時に恐怖政治を行ったマクシミリアン・ロベスピエールを主人公として表現したコミック。
 群集心理と同時にロベスピエールの半生が描かれ、フランス革命の歴史を概観することもできる。講談社まんが学術文庫の中でもことに中身が濃い出色の作品。歴史の重みを感じさせてくれる渾身の漫画。

群衆心理 (まんが学術文庫)

罪と罰 (まんが学術文庫)

 ドストエフスキー『罪と罰』を原作とする漫画。1865年、帝政ロシアの首都で暮らす学生、ラスコーリニコフは、自らの理論に基づき、老婆を襲い金品を奪うことを決意する。
 岩下博美氏は、原作を咀嚼し、物語のエッセンスを趣のある絵柄で描いている。登場人物の個性も良く表出され、人間関係や心理がスリリングな展開をもって迫ってくる。背景となるサンクトペテルブルクの描写も良く、当時の雰囲気を彷彿とさせる。
 原作の本質に肉薄した力作。

罪と罰 (まんが学術文庫)
岩下博美

幸福について (まんが学術文庫)

 ショーペンハウアーの「幸福について」を基にした漫画。しかし、アフォリズムに満ちた書を単に表現しただけでなく、ショーペンハウアーの生い立ちをもストーリーに盛り込み、極めて興味深く読める。気がついたら、書の中に引き込まれていた。
 単に書に内容を羅列するのではなく、登場人物のホンネをはさみながら描かれているので、説得力がある。背景の絵も素晴らしく、当時のドイツの雰囲気が伝わってくる。漫画というのはすごいメディアだとあらためて感じさせてくれる。
 哲学への扉をひらく、見事な構成の漫画。

幸福について (まんが学術文庫)

七つの会議

 会社で働く人々の人間模様を描いた池井戸潤の小説「七つの会議」。各章ではそれぞれの部署で開かれる会議を中心に据えまとまりをもったエピソードになっている。それらが章が進むにつれて束ねられ、会社組織に関わる大きな流れに発展していく。
 銀行を舞台とした連作短編「シャイロックの子供たち」と似た構成であるが、本作は物語としてより練度が増している感がある。
 様々な角度で企業と社員をフレーミングし、そのありようをスリリングに綴る迫真の小説。

七つの会議 (集英社文庫) [ 池井戸潤 ]

この世界の片隅に

 太平洋戦争前後の広島・呉を舞台とし、市井の人々の姿を描く「この世界の片隅に」。こうの史代による漫画を原作とし、片渕須直がアニメーション映画化した。
 主人公すずは、広島から呉に嫁ぎ、戦時下の困窮する暮らしの中でも工夫を凝らし生活に潤いをうみだす。
 一貫して日常的な視点で人々が描かれ、ほのぼのとした絵柄で温かみを感じる。それゆえに戦争の悲惨さが際立つ。
 諄々と心に染みる至高のアニメーション。

この世界の片隅に

楽園のカンヴァス

 原田マハによる「楽園のカンヴァス」は、アンリ・ルソーの名画「夢」をめぐる小説。現代と1900年代初頭のパリを交錯させながら、日曜画家と揶揄されたルソーの真の姿に迫っていく。ウッディ・アレンの映画「ミッドナイト・イン・パリ」を思わせる雰囲気もある。
 絵画とそれに関わる人々をモチーフに、巧みなストーリーで読み手を魅了する傑作アート・ミステリー。

楽園のカンヴァス (新潮文庫) [ 原田マハ ]

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