広田弘毅-東京裁判で死刑判決を受けたA級戦犯のうち、ただ一人の文官であった元総理、外務大臣。その生き様を、戦争に突入する世相の中で描く城山三郎の小説。
広田は軍部の台頭による戦争の拡大を阻止しようと外務大臣として努めたが、結果は、その首謀者たる軍人たちと共に絞首刑となった。
広田の実直な生き様には、自然と襟を正す思いであった。吉田茂、幣原喜重郎、松岡洋右など、他の外相の姿勢も興味深い。
何より巣鴨拘置所での広田の様子と東京裁判の進行が交互に描かれる終盤は、胸に迫るものがあった。史実を積み重ねる淡々とした筆致だが、それゆえにこそ、作者の思いがじっくりと伝わってくる。静かな感銘が、読後も長く続いている。
落日燃ゆ (新潮文庫)
城山 三郎
財界総理と呼ばれ、日本の高度経済成長期に経団連会長をつとめた石坂泰三の生涯を描く小説。石坂泰三は、第一生命、東芝などの社長を歴任し、経済界に多大な影響を与えた。現職の大蔵大臣や総理にすら、「もう、きみには頼まない」と啖呵を切るほどの気骨を持っていた。
最も感銘を受けたのは、80歳近くなってから大阪万博の会長を引きうけるエピソードだ。
「万博は深い意味を持っている。見本市とか何とかとちがって、人類が文化に貢献したものを、一堂に展示するのだから」-即興で英国の詩を原文で諳んじるほど、深い教養をもった人物であったからこそ、「人類の進歩と調和」というテーマが生まれたのであろう。
万博について、四つの方針「予定の開催日に間に合わせること。事故防止。汚職の根絶。赤字を出さぬ。」を定めた。言うは易く、これだけの国家事業を進めるには相当苦労があったろうが、方針を貫き見事に成功に導いたことは凄いと思った。
多くの経済人を描いてきた城山三郎が、石坂泰三を描く小説を持ち込まれてから、二十余年もの歳月を経てようやく執筆にいたる経緯を描く「あとがき」にも感動した。
数多くの重責を担った人物の生涯であるが、読後には清々しさをおぼえた。真に志のある生き方だったからであろうか。
もう、きみには頼まない
城山三郎
1993年、日本での公演が予定されていながら、その直前に亡くなったロシアのピアニスト、アナトリー・ヴェデルニコフ。政府により永らく旧ソ連以外での活動が認められていなかったが、ゴルバチョフのペレストロイカにより、他国での活動が許され、広く知られるようになった。
しかし、ヴェデルニコフは1935年、若干15歳のとき、東京に来てコンサートを行っている。その後、ロシアに戻ったときから悲劇が始まった。両親はスパイ容疑を受けて逮捕され、父親は銃殺される。母親は強制収容所に送られる。ヴェデルニコフ自身も活動を制限され、抑圧の中で自己を磨いていく。
ヴェデルニコフの弾くベートーヴェンの真摯な演奏は、技巧を越えて訴える力を持っている。
ロシア・ピアニズム名盤選-2 ベートーヴェン:ハンマークラヴィーア/ピアノ・ソナタ第1番
ヴェデルニコフ(アナトリー) ベートーヴェン
「唐獅子牡丹」「男涙の雨が降る」「網走番外地」など、高倉健の歌を収録したCD。
ストイックな男の魅力でスクリーンに圧巻の存在感を示す高倉健の姿がうかぶ。哀感漂う昭和の残照。
「笑わせるもんじゃない つい笑ってしまうもの これが芸だと思うんですね」
プロフェッショナル「仕事の流儀」第100回は、落語家、柳家小三治の仕事ぶりが描かれる。
その悠揚たる話しぶりからは想像もつかないが、普段は苦虫をかみつぶしたような顔で、ほとんど笑わないようだ。
かつて、師匠の五代目小さんから、お前の噺(はなし)は面白くないと言われ、深く悩んだ。「面白い」とはなにかを常に考える。求道する人生である。
「一番下からものを見るということができないと落語はできないなということも知った」
笑わせない芸を目指し、「小さく小さく」演じる。小三治の落語は、無駄をそぎ落とす。そこから、落語そのものの面白さ、人の営みの豊かさが自然にじみでる。魅力の真髄はそこにある。
落語家、柳家小三治さんが10月7日20時、心不全のためにご逝去された。
ひょうひょうとした語り口でふうわりと噺を聴かせてくれた。軽妙さの根底には厳しいプロ意識があり、それが懐の深さと味わいを醸していた。
このブログで綴った小三治さんの記事をつらね、供養にかえたい。ご冥福をお祈り申し上げます。
美しくみずみずしいソプラノ・ヴォイスで歌われる本田美奈子のCD。
100曲以上の候補の中から、本田美奈子自身が心に響く曲、歌いたい曲を基準に絞り込んでいった。日本語歌詞をまかされた岩谷時子は本田の歌入れに立ち会い、その場で旋律に乗りやすいよう手を入れることもあったという。
アイドル歌手としてデビューし、ロックやジャズにも挑み、ミュージカルで歌唱力と表現力を高めた。豊富な音楽体験に裏打ちされた真の実力が遺憾なく発揮されている。誠に悲しいことに本アルバム発表の2年後、急性白血病により38歳の若さで夭折する。
歌に命を捧げた生涯とスタッフの思い入れが結実した心揺さぶられるアルバム。
寺山修司が作詞をした曲と、詩の朗読が収められた2枚組CD。1枚目には、フォーリーブス「涙のオルフェ」、カルメン・マキ「時には母のない子のように」、本田路津子「戦争は知らない」、愛川欽也「山羊にひかれて」、「与謝野晶子」朝丘雪路など、陰をたたえた独特の情感をもった曲が多い。
2枚目は、詩の朗読である。詩も叙情豊かで味わいがあるが、バックの音楽も素晴らしい。内藤洋子、萩原朔美、竹脇無我などが山木幸三郎の欧風なしゃれた音楽にのって朗読し、しばし時を忘れて聴き入る。
レーシングカーの事故で亡くなった福沢幸雄に捧げた「男が死ぬとき」は、詩も音楽も極めて印象に残る。
深い叙情をたたえたアルバム。
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