リ・ズ・ム
「リズムは本能にはたらきかけるもの,メロディーは理性にはたらきかけるもの」といわれる.夕暮れ時に懐かしいメロディーが流れると,郷愁がわくのは理性へのはたらきかけであろうし,太鼓のタントトしたリズムに思わず手足が動いてしまうのは本能へのはたらきかけだろう.
ズンドドズドドドと音が外にもれるほどの大音量でカーステレオを鳴らしている車がそばに来ると,おお,ずいぶん本能に訴ったえちょるな~と思う.リズムの体感刺激はクセになるのだろうか.
ニュースやドキュメンタリー番組で,捜査の手が入るときに映画「マルサの女」の音楽が流れることがある.5拍子という独特なリズムが,不思議な緊迫感を生み出す.作曲をした本多俊之氏は,メインになるはずの曲とは別に,こんなのもあるよと,やや遊び心もこめてこの音楽を伊丹十三監督に聴かせたそうである.ところが監督はいたくこの曲が気に入って映画のメインテーマにしたという.変拍子の魅力のなせるワザだろうか.
ベートーヴェンの交響曲第7番は,クラシックの中でも特にリズムが生き生きとしている.第1楽章の明瞭で喜びに満ちたリズム,第2楽章の美しい旋律を際だたせる単純なリズム,第3楽章の軽快で躍動感あふれるリズム,第4楽章の超特急のようなめまぐるしくも酔わせてくれるリズム.各楽章ごとに特徴的なリズムを持ったこの曲は,本能にうったえると同時に構成美を感じさせ,理性にも強くはたらきかけて人々を魅了する.ワーグナーはこの偉大な曲を「舞踊の聖化」と評している.
コトバもリズムを持っている.連載の原稿やコラムを書くにあたっても,リズムにのったと感じるときには,後で見て説明が分かりやすく書けたと思うことが多い.逆になかなかノレナイときには,のたのたした文章に堕してまう.リズムは理性の導き手でもある.
(現代数学社 「理系への数学」連載
入試で見える線形代数 第4回のコラムより)
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