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冬の旅

 泉に添いて 茂る菩提樹 
 したいゆきては うまし夢見つ  

 「菩提樹」を小学校で聴いたときには、その美しい旋律から、自然を讃える歌だと思った。高校の音楽の授業で「おやすみ」という曲を習い、ドイツ語で初めて歌った。成人になり、「冬の旅」のCDを買い求めて全曲を聴いたとき、第5曲「菩提樹」の歌詞の意味が、小学生の頃思い描いたものと俄然違う意味を持って迫ってきた。

 菩提樹の陰でたくさんの甘い夢を見て、愛の言葉を彫りつけた。町を去るとき、菩提樹が「ここへおいで、若者よ、ここなら憩いが得られる」と呼びかける。
 この後、曲は短調に変わり、冷たい風が吹きつけ帽子をとばす。しかし、若者は振り向きもしない。
 今、そこから遠く離れた場所にいるが、「あそこなら憩いが得られる」というざわめきが聞こえ続ける。

 穏やかで優しい旋律が一転暗鬱な曲調になる対比により、懐かしい思い出と、現在の孤独、うら悲しさとの間を行きつ戻りつする心のうつろいを見事に表現している。
 連作歌曲集「冬の旅」は、ヴィルヘルム・ミュラーの詩に、シューベルトが作曲をしたものである。失恋により町を去り、さすらいの旅に出る若者の心象が24曲にわたって奏でられる。
 「冬の旅」は、独身時代に何度も聴いた。曲と詩に共感と慰めを得ていたのかもしれない。ここまで絶望や後悔の念を聴かされると、かえって前向きな気持ちが芽生えることもあるだろう。

 ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウのバリトン、ダニエル・バレンボイムのピアノによる「冬の旅」は、フィッシャー=ディースカウの暖かみのある歌唱が素晴らしい。落ち込んだときに聴くと胸に響く。終曲「ライアー回し」に描かれる、氷の上を裸足で歩みながら凍える指で演奏をする辻音楽師のように、ありのままで心に寄り添う安らぎがある。

シューベルト:冬の旅
バレンボイム(ダニエル) フィッシャー=ディースカウ(ディートリッヒ)
B00005FJCR

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