ヴァイキング season 2 #2
「ヴァイキング」シーズン2の第2回は「再始動」。ラグナルが首長となり4年の月日が流れる。ヴァイキングは再び航海に出るが、嵐に遭い多くの船を失う。たどり着いたのは崖がそそり立つ海岸であった。
やはり、海のシーンが良い。異国に着いた一行のシーンにはワクワクする。未知なるものに立ち向かう姿、これぞヴァイキング。
「ヴァイキング」シーズン2の第2回は「再始動」。ラグナルが首長となり4年の月日が流れる。ヴァイキングは再び航海に出るが、嵐に遭い多くの船を失う。たどり着いたのは崖がそそり立つ海岸であった。
やはり、海のシーンが良い。異国に着いた一行のシーンにはワクワクする。未知なるものに立ち向かう姿、これぞヴァイキング。
ヒストリーチャンネル製作のドラマ「ヴァイキング」シーズン2の第1回は「兄弟血戦 」。ホリック王とボルグ首長の戦いが勃発する。ラグナルの兄ロロは敵味方に分かれて戦うことになる。
体と体、武器と武器がぶつかり合う戦闘シーンの激しさが圧巻。ラグナルの子を身ごもったアウラウグが家族の元に現れ、主人公の内外で波乱。人間関係も複雑さが増し、ダイナミックにドラマが動き出す。
NHK大河ドラマ「西郷どん」第2回は、「立派なお侍」。士族が多く、農民が困窮する薩摩藩の現状に、西郷吉之助は心を痛めるが、いかんともしがたい。島津斉興とその側室由羅が実権を握り、藩政は疲弊していた。
斉彬が善、斉興と由羅が悪と対照的に描く。南国の美しい景色の中を吉之助がひたすらに走る。オープニングの楽観的な曲は、「翔ぶが如く」の一柳慧の重みのある音楽とは対照的。今年は明るさ、分かりやすさを前面に出した大河になりそう。
2018年のNHK大河ドラマは「西郷どん」。第1回は、「薩摩のやっせんぼ」。少年期の西郷を生き生きと描く。とりわけ、渡辺謙演じる島津斉彬が素晴らしい。その眼だけで、すべてを語っている。
貧しいながらも逞しく生きる薩摩隼人の活気、南国情緒のある美しい薩摩の風景、ディテールにこだわった西郷家の作り。スタッフの意気込みが感じられる初回であった。
万里の長城を舞台にしたマット・デイモン主演の映画「グレートウォール」。強力な武器を求めて世界中を旅するウィリアムは、たどり着いた万里の長城で壮絶な戦いに巻き込まれる。
色分けされた甲冑に身を包んだ兵士たちの戦いぶりが鮮やか。様々な武器にも驚かされる。女将軍ジン・ティエンの美しさが際立つ。
アクション大作であるが、チャン・イーモ監督の色彩感覚と構成感により明るさを感じる映像となっている。リクツ抜きに楽しめる壮大なエンターテイメント。
原田マハによる「楽園のカンヴァス」は、アンリ・ルソーの名画「夢」をめぐる小説。現代と1900年代初頭のパリを交錯させながら、日曜画家と揶揄されたルソーの真の姿に迫っていく。ウッディ・アレンの映画「ミッドナイト・イン・パリ」を思わせる雰囲気もある。
絵画とそれに関わる人々をモチーフに、巧みなストーリーで読み手を魅了する傑作アート・ミステリー。
グスタフ・クリムトが描いた「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 Ⅰ」。元々個人所有であったこの絵は、ナチスによって収奪され、オーストリア政府の所有になる。この絵の返還をめぐる裁判を描いた映画。
老女と若手弁護士の軽妙なやりとりに、クリムト、シェーンベルクなど19世紀末のウィーンの文化と、ナチスドイツの台頭、ユダヤ人の迫害など史実の重みが加わっていく。
文化と歴史が交錯する、多層的で上質なヒューマン・ドラマ。
ニューヨーク近代美術館の女性キュレーターが、ピカソが戦争と向き合った大作ゲルニカの展示に情熱を燃やす。
第二次世界大戦前後のピカソとその愛人ドラ・マールの関わり、ゲルニカ制作の経緯を挟みながら、国際色豊かに描いた小説。
暗幕のゲルニカ
原田 マハ 
NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」最終回は、「石を継ぐ者」。おとわは、明智光秀の遺児を井伊谷の人々と守り通す。家康の母、於大の方も、それを容認するのであった。直虎は、直親、政次など多くの人々の命を守れなかったが、最終話で光秀の遺児の命を救ったのであった。平かな世を願いながら静かに世を去る直虎。その意志は、直政が支える徳川によって実現するのであった。
強国の支配を受け、苦難の時を過ごす井伊谷の人々。その城主となり、民を守ることに失敗を繰り返しながら挑む直虎。領地を失いながら、なおも民のために奔走するおとわ。徳川によって戦のない世を夢み、その思いを直政に託して亡くなる井伊直虎。そのストーリーラインの的確さもさることながら、一人一人に温かい眼を注ぎ、憎い役柄であった人が、どれも愛着のわく人物になっていく不思議さ。脚本の見事さ、特に、直政パートになってからの研ぎ澄まされた脚本は圧巻であった。良い物語は、理屈を越えて参加する人々がなになに憑かれたようにその世界を現出する。まさに、この大河はそれを体現していた。脚本家もスタッフも俳優も、全てが一丸となってよき物語を創り上げていた。理想の大河ドラマを体現していた。
第1話から幾筋もの伏線が絡み合い、大きな歴史のうねりを束ねてふうわりと着地させる。その手腕の見事さにあらためて感服した。人の営みの尊さを、史実の重みと大胆なフィクションで魅力的な物語に織りなした芸の極みを堪能させくれる稀有の大河ドラマであった。
NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」第49回は、「本能寺が変」。家康一行は、安土城にのぼり信長の歓待を受ける。おとわは堺を訪れ、久しぶりに龍雲丸と再会する。家康を海路で三河に逃す算段をするが…。
本能寺の変直前、信長、明智光秀、家康一行、おとわと龍雲丸、それぞれの動きが緊迫感をもちつつ、ユーモアも交えながら描かれる。「ノブ」と呼ばれる後の本多正信が良い味を出していた。
緩急自在の懐深い脚本には身を委ねる喜びがある。
最近のコメント