朝比奈隆 ブルックナー交響曲第8番
1994年の7月、前橋市民文化会館の演奏会に出かけた時のことである。演奏前に、食堂でサンドイッチと紅茶を頼んで待っていると、隣の席でやけに元気に喋っているお爺さんがいる。
「カラヤンは、歌手が気に入らないとすぐに変えるんだよ、それがね、…」
など、カラヤンの振舞いを見てきたようにまわりの人にいろいろと話している。顔をそちらに向けると、朝比奈隆その人であった。見てきたように話していたのではなく、見てきたことを話していたのだ。カラヤンのことを対等に話せる日本の指揮者は、この人をおいて他にいないだろう。
86歳になられるというのに、実に矍鑠としている。氏がテーブルを去られる時、いままで面識はないが、こちらは自然と頭を下げていた。
ホールには、演奏が始まる前の独特の緊張感が漂っていた。朝比奈隆が指揮棒を振りはじめると、ブルックナー交響曲第8番が素晴らしい美しさで迫ってきた。音が見事な輝きをもって響いてきた。後半は立っているのがたいへんそうで、指揮棒の先はふるえていたが、音楽は自然な流れを失わなかった。朝比奈と大阪フィルの信頼関係が切々と伝わってくる。
フルートの音が見事な均一感を持った弦の上に漂う。ティンパニーが魂の鼓動を的確に伝える。金管楽器が最大限に鳴らしても弦との調和を確実に保ち、深みを持った快い音である。全てのパートが完璧に自らの役割を心得ている。まさしく本物の演奏を聴いた。
ブルックナー:交響曲第8番(ハース版)
大阪フィルハーモニー交響楽団 朝比奈隆
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