遠き落日
息子が音読をした野口英世の伝記には、どうも釈然としない箇所があった。メリー夫人との出会いが書かれておらず、夫人は結婚した後にも登場する場面がほとんどない。また、野口英世はシカの手紙を見て一時的に日本に帰国することを決意するが、まったく金がないと記してある。この時期、野口はその成果を認められ、ロックフェラー正所員となり高給をもらっていながら、なぜ帰国できないほど困窮していたのか。
野口英世の生涯を描いた渡辺淳一の小説「遠き落日」を読み、その疑問が氷解した。極端な金づかいの荒さ、躁鬱的な性格など、従来の英雄野口英世像を覆すような記述がなされている。
しかし、そのひたむきな生き様には、むしろ共感すら覚える部分も多かった。医学に身を置いた経験のある著者は、膨大な資料と現地取材に基き、ありのままの野口に迫ることにより、人間的な魅力に溢れた人となりを浮き彫りにした。手が不自由であることのコンプレックス、医学界での学歴の低さ、アメリカでの東洋人の蔑視、それらを跳ね返すための努力は、壮絶といえるほどのすさまじさを感じた。
明治の人々の鷹揚さと、エネルギッシュな魅力にあふれた人物像は、現代に不足している要素であるせいだろうか。小説に引き込まれ、むさぼるように読み進んだ。読後も芯のある余韻が残った。
遠き落日〈上〉 渡辺 淳一 |
遠き落日〈下〉 渡辺 淳一 |
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