キース・ジャレット モーツァルト : ピアノ協奏曲 第20番
ジャズ・ピアニスト、キース・ジャレットが、モーツァルトのピアノ協奏曲第20番、第17番、第9番を弾いたCDを聴く。デニス・ラッセル・デイヴィス指揮、シュトゥットガルト室内管弦楽団による1999年の演奏。
モーツァルトのメロディを奏でる喜びに溢れた演奏。
モーツァルト : ピアノ協奏曲 第20番 ニ短調 K.466
ジャレット(キース)
ジャズ・ピアニスト、キース・ジャレットが、モーツァルトのピアノ協奏曲第20番、第17番、第9番を弾いたCDを聴く。デニス・ラッセル・デイヴィス指揮、シュトゥットガルト室内管弦楽団による1999年の演奏。
モーツァルトのメロディを奏でる喜びに溢れた演奏。
モーツァルト : ピアノ協奏曲 第20番 ニ短調 K.466
ジャレット(キース)
NHK大河ドラマ「八重の桜」第23回は、「会津を救え」。戊辰戦争における奥羽諸藩の動きを描く。
近藤を失った新選組、河井継之助の登場など、多くの要素を盛り込みながら、重みのある映像でぐいぐい惹き付ける。それにしても、小沢仁志演じる参謀の世良修蔵の悪辣ぶりは気迫がこもっていた。
下村文部科学大臣の講演を聴きに、高崎高校に行く。創立114年記念講演として「これからの日本を担う若者たちへ」という演題で行われた。高崎高校の在校生に向けての講演会であったが、さりげなく保護者の参加も呼びかけていたので、家族で出かける。
下村博文大臣は、高崎高校在学中に中曽根康弘氏の話を聴き、当時の様子は鮮烈に覚えているという話から始められた。
貧しい中で進学をした自らの生い立ちを話された。交通遺児として苦労を重ね、どんな家庭の子でもチャレンジできる世の中にしたいという思いを強くもったという。自らのお子さんについても語られた部分は、ことに印象深かった。
また、日本が共生社会としての良さを生かし、国際社会で活躍する場面があることを力説しておられた。自らの目標設定をし、心のスイッチを入れて奮起してほしいという思いを、後輩でもある高校生に熱く語られた。
2時間近い講演であったが、ひとことの言いよどみもなく語りかけ、プロの政治家のすごさが感じられた。
「どんな子どもでもきらめくような才能が引き出せる教育改革」
「真のグローバル人材の育成」
この2点に、自らの体験に根ざして信念をもって取り組まれていることが強く感じられた。
橋爪功が朗読する三国志48巻には、「新野を捨てて」「亡流」「母子草」が収められている。
映画「レッド・クリフ」では、劉備が新野の城を捨てて民と共に曹操から逃げ延びる、このあたりの場面を映像化している。
襲い来る曹操の大軍から、必死の逃避をする玄徳一行。それを支える関羽、張飛、趙雲が頼もしく、自然と喝采を送りたい思いを抱く巻。
三国志(六) 赤壁の巻 (新潮文庫)
吉川 英治
橋爪功が朗読する三国志47巻には、「蜂と世子」「臨戦第一課」「許都と荊州」が収められている。
軍師孔明が初めて采配をふるう「臨戦第一課」は、玄徳のわずか数千の兵で、何万という曹操の軍を迎える。高揚感のある、無類の面白さをもった巻。
三国志(六) 赤壁の巻 (新潮文庫)
吉川 英治
橋爪功が朗読する三国志46巻には、「出廬」「呉の情熱」「鈴音」が収められている。
いよいよ「赤壁の巻」である。孔明は「天下三分の計」を玄徳に示し、軍師として立つことを決意する。雄渾な新章の幕開けである。一転、話は呉に移り、その内情が描かれる。
ストーリー構成のうまさに感嘆する。
三国志(六) 赤壁の巻 (新潮文庫)
吉川 英治
橋爪功が朗読する三国志45巻には、「孔明を訪う」「雪千丈」「立春大吉」が収められている。劉備玄徳が諸葛孔明を訪ねる、「三顧の礼」の場面である。乱世の合間にあって、静謐な空気を感じる格調高い巻。
三国志(五) 孔明の巻 (新潮文庫)
吉川 英治
NHK大河ドラマ「八重の桜」第22回は、「弟のかたき」。鳥羽伏見の戦いにより、山本家に八重の弟の死亡が伝えられる。兄、覚馬も行方不明。二人の息子の訃報に接した父の悲しみを、松重豊が背中で演じていた。
江戸城無血開城の交渉を、西郷隆盛役の吉川晃司と勝海舟役の生瀬勝久が演じるが、こちらはややあっさりとした印象。
高崎高校の文化祭、第61回翠巒祭に家族で行く。今年は、特別な感慨をもって翠巒祭に訪れる。
第61回のテーマは、「GrowReuse グロリアス」。成長と再利用の語を組み合わせ、輝かしく活気のある翠巒祭を目指すという理念が込められたもの。
校舎の壁一面を覆う「巨大壁画」は、金閣寺を題材とした作品。生徒957名がパーツを作り、組み上げた。
今年は、長男が在校生として参加する初めての翠巒祭である。物理部として、来場者に展示の説明などをしていた。今までの訪れる側から今度は主催する側にまわり、大いに楽しむことができたようだ。親としても感慨ひとしおである。
鉄道研究部の模型は、いつもながら壮観であった。建物ひとつひとつを細かく作り込み、景観の美しさを目指していたようだ。
生徒たちの写真を何枚も組み合わせて作った巨大なフォトモザイクは新趣向。フェルメール作「真珠の首飾りの少女」を表現していた。体育館にいく道すがらには、大勢の来場者で混雑していた。
今回のアーチは、ヨーロッパの雰囲気をもったオリジナル・デザイン。正門よりやや奥に設置され、来場者を圧倒する存在感を放っていた。
様式美を備えた外観で、細かい部分まで精緻に作り込まれており、センスの良さが光っていた。
特に今回のアーチは、内部が素晴らしい。ステンドグラス風の天井や、季節を表現した絵画がちりばめられ、デザインの匠さには高校生の作品とは思えないほどの、いや、高校生だから実現できたのかもしれない造形美と情熱が感じられた。
アーチは、全長11mで、最長の長さを誇るという。いつもより長い時間内部に目を奪われ、そのアーチをくぐり抜ければ、「非日常」が待ち構えているという趣向のようだ。
校歌を長男と共に歌うことができる喜びを味わうことができた翠巒祭であった。
マリア・ジョアン・ピリスのピアノによるモーツァルト・ピアノ協奏曲第20番・第27番が収められたCDを聴く。オーケストラは、クラウディオ・アバド指揮、モーツァルト管弦楽団。2011年9月の演奏。
透明感のある音色で、あまり飾らずに、端然とした演奏であるが、却ってモーツァルトの抒情や哀切さ、強烈な情念が浮き上がってくる。微妙なニュアンスは音楽に色彩を与え、創造の喜びが息づいている。
モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番&第27番
ピリス(マリア・ジョアン)
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