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もののけ姫

 宮崎駿監督が最後のアニメ作品と制作当時宣言した『もののけ姫』。1997年の劇場公開時に見たのだが、そのときは正直なところ、ラストで素直な感動はわいてこなかった。いままで宮崎アニメを見てきて、これは意外な感じだった。実際他の作品から受けた印象とだいぶ違ったのである。

 『ルパン三世カリオストロの城』を見た後は、強烈な面白さと抒情が見事にかみ合って、本当にいい映画を見たとしみじみ思い余韻がずっと後を引いた。その後この映画は20回以上見ているが、いまだに新しい発見がある。
 『風の谷のナウシカ』では、心ならずもラストで泣いてしまった。「この村も腐海に沈んだか」という最初のシーンからうなった。あそこまで世界を作られると、もうそこに身をゆだねるだけでよかった。
 『天空の城ラピュタ』では、全編に飛翔感が満ちていて、心躍らせる体験ができた。雲がはれてラピュタ本体が明らかになっていくシークエンスは圧巻の出来。
 『となりのトトロ』は、そうそう、こういう映画を待っていたんだよと快哉を叫びたくなる作品だった。日本を舞台にこれほどファンタジックな世界が展開された例があるだろうか。さつきとメイがトトロの胸にぶら下がって飛ぶシーンは、何度見ても泣いてしまう。
 『魔女の宅急便』は、人物の設定に感動した。キキが届け物をした屋敷で出会うおばあさんの顔がアップになった瞬間にその人の人生が感じられて、これほどのキャラクターをつくるとは、真のアニメだとその時思った。
 『紅の豚』では、大人の雰囲気をたたえていて、しかも宮崎さんが暖かく作った思いが伝わってくる。  これら宮崎作品に共通して感じたのは、ラストの後味の良さであり、その暖かい余韻が長く残るところである。

 ところが、『もののけ姫』では、その暖かさがストレートに残らなかったのだ。何か釈然としないものが残ってしょうがなかった。
 ひとつには、その絵のボリュームに圧倒されすぎたためだろうか。美術は言うまでもなくあまりに素晴らしい。今回5人の美術監督を起用して練りに練った背景を見せてくれた。アシタカが村を出て町に着くまでのシーンにしても、自分が山裾や平原を歩いていると錯覚するほど画面に引き込まれた。
 だが、それら美術がすごすぎるために、感動する心のスキマを失ってしまったような気がする。例えば、「日展」などの絵の展覧会で所狭しと並んでいる部屋の絵を見渡す。確かによく書けている絵は多いが、ひとつひとつの絵から執念というか怨念というか強烈な気が放射され、それらを一身に受けると感動より苦しみが湧いてくる。そして次の部屋に行くとまた様々な絵が咆吼し苦悶し解放し苦しみ悲しみおそれおののき……ああ、気が狂いそうになる。更に次の部屋では!!……会場を出た後はくたくたになっている。
 『もののけ姫』は、トーンも統一されており、色彩設計も様々な配慮がなされていてる。しかし上に書いた程ひどくないにしても、作り手の執念は相当のものであり、正直疲れて感動するゆとりを失う過程は似ているかもしれない。東京に見に行くため朝早くから夜行列車に揺られた寝不足がたたったのかもしれないが。いずれにしても、体調のいいときに見るべき映画だ。

 もうひとつには、作り手にゆとりがなかったのではと感じるのだ。いつもより伸びやかなシーンは少ない。メッセージ性が強すぎる割に、ラストは予定調和的だったりと、ストーリーラインの練度はいまひとつの感があった。
 メッセージ性という点で言えば、やはり様々な要素がつめこまれていて、受け手が吸収するゆとりがあまりないこともあるかもしれない。最後の作品という焦りがあったのだろうか。

 黒澤明監督の『夢』という作品があった。「こんな夢を見た-」で始まる八話のオムニバス映画であったが、その中の、原発で放射線がもれるとひとびとが騒ぐ話と、放射能で植物が巨大化し、鬼と化したいかりや長介が寺尾聡に繰り言をいう話があった。それらメッセージ性が強いエピソードより、最後の水車のもとで笠智衆が淡々と自然に語る話の方がよっぽど印象的で説得力もあったような気がする。メッセージを出したい気持ちと、受け手が得る印象のバランスはむずかしいところだと思った。

 しかし、『もののけ姫』では、様々な問題をぽーんと観客に放り投げて、後は考えておくれと突き放しているのかもしれない。宮崎監督があえてそうしたのであれば、従来の作品よりひっかかりを残すという点で成功したともいえる。
 いずれにしても、これから何度も見ることになる映画であることには違いない。背景の素晴らしさ、集団のダイナミズム、人物造形の的確さという点では、彫り込まれた職人芸であり、名匠宮崎の技は一度見ただけでは味わいきれない。もっとも、この作品では「技」より「業」を多く見せられてしまうだろうが。(1997年9月4日に記す)

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