幕が上がる

「答えはすべて稽古場にある」

 高校演劇部の生徒たちを描く平田オリザの小説「幕が上がる」を原作とする映画。ももいろクローバーZのメンバーが主だった役を演じる。
 演劇にかける女子高生の姿にどんどん引き込まれる。役を演じる彼女たちの前向きさが、ひしひしと伝わってくる。原作者の平田オリザも演技指導に関わっており、実際に彼女たちが成長するドキュメンタリーの趣きもある。
 高校時代は、迷いも悩みも、すべて将来の糧となっていく。そのことを衒わずに表現する脚本が素晴らしい。高校の豊かさと実りがリアルで知的に映像化されている。
 高校生のひたむきさが爽やかな感動を与えてくれる真っ直ぐな青春映画。

幕が上がる [ ももいろクローバーZ ]

幕が上がる (講談社文庫) [ 平田 オリザ ]

群衆心理 (まんが学術文庫)

 ル・ボンの「群集心理」に関する論考を、フランス革命時に恐怖政治を行ったマクシミリアン・ロベスピエールを主人公として表現したコミック。
 群集心理と同時にロベスピエールの半生が描かれ、フランス革命の歴史を概観することもできる。講談社まんが学術文庫の中でもことに中身が濃い出色の作品。歴史の重みを感じさせてくれる渾身の漫画。

群衆心理 (まんが学術文庫)

罪と罰 (まんが学術文庫)

 ドストエフスキー『罪と罰』を原作とする漫画。1865年、帝政ロシアの首都で暮らす学生、ラスコーリニコフは、自らの理論に基づき、老婆を襲い金品を奪うことを決意する。
 岩下博美氏は、原作を咀嚼し、物語のエッセンスを趣のある絵柄で描いている。登場人物の個性も良く表出され、人間関係や心理がスリリングな展開をもって迫ってくる。背景となるサンクトペテルブルクの描写も良く、当時の雰囲気を彷彿とさせる。
 原作の本質に肉薄した力作。

罪と罰 (まんが学術文庫)
岩下博美

幸福について (まんが学術文庫)

 ショーペンハウアーの「幸福について」を基にした漫画。しかし、アフォリズムに満ちた書を単に表現しただけでなく、ショーペンハウアーの生い立ちをもストーリーに盛り込み、極めて興味深く読める。気がついたら、書の中に引き込まれていた。
 単に書に内容を羅列するのではなく、登場人物のホンネをはさみながら描かれているので、説得力がある。背景の絵も素晴らしく、当時のドイツの雰囲気が伝わってくる。漫画というのはすごいメディアだとあらためて感じさせてくれる。
 哲学への扉をひらく、見事な構成の漫画。

幸福について (まんが学術文庫)

七つの会議

 会社で働く人々の人間模様を描いた池井戸潤の小説「七つの会議」。各章ではそれぞれの部署で開かれる会議を中心に据えまとまりをもったエピソードになっている。それらが章が進むにつれて束ねられ、会社組織に関わる大きな流れに発展していく。
 銀行を舞台とした連作短編「シャイロックの子供たち」と似た構成であるが、本作は物語としてより練度が増している感がある。
 様々な角度で企業と社員をフレーミングし、そのありようをスリリングに綴る迫真の小説。

七つの会議 (集英社文庫) [ 池井戸潤 ]

楽園のカンヴァス

 原田マハによる「楽園のカンヴァス」は、アンリ・ルソーの名画「夢」をめぐる小説。現代と1900年代初頭のパリを交錯させながら、日曜画家と揶揄されたルソーの真の姿に迫っていく。ウッディ・アレンの映画「ミッドナイト・イン・パリ」を思わせる雰囲気もある。
 絵画とそれに関わる人々をモチーフに、巧みなストーリーで読み手を魅了する傑作アート・ミステリー。

楽園のカンヴァス (新潮文庫) [ 原田マハ ]

ミッドナイト・イン・パリ

 ウッディ・アレン監督・脚本による映画「ミッドナイト・イン・パリ」。パリを婚約者と訪れた映画脚本家は、真夜中1920年代のパリに迷い込む。
 ヘミングウェイ、ピカソなど、1920年代当時パリで活躍した人々と現代人との出会いを通して、アカデミックな気風をしっとりと描く。シドニー・ベシェの名曲をバックにした冒頭のパリのシーンも実に素晴らしい。
 アカデミー賞脚本賞受賞作品。

ミッドナイト・イン・パリ(字幕版)

チョコレートコスモス

 恩田陸の小説「チョコレートコスモス」は、演劇に関わる人々を描いた作品。
 強烈に面白い。演じる人々の心理描写が実に見事。ときおり鳥肌が立つほど、煌めく場面がある。
 500ページ以上ある本であるが、本を読んでいることすら忘れてしまうほど、魅力にあふれている。
 舞台の上の小宇宙を圧巻の筆力で活写する傑作ロマン。

チョコレートコスモス (角川文庫) [ 恩田陸 ]

怪笑小説

 東野圭吾の「怪笑小説」は、人間の奇妙さを感じさせる9編を収録している。
 最も面白かったのは、「超たぬき理論」。様々な超常現象をすべてタヌキに帰着させる力業がすごい。
 「あるジイさんに線香を」は、タイトルが示すとおりある作品のパロディであるが、どんどんのめり込ませてくれた。
 一編一編のコメントが記されたあとがきも、作者のホンネが伺えてたいへん興味深かった。本編より楽しいと感じた部分もある。
 理系関西人のノリが炸裂したお手軽ブラック短編集。

怪笑小説 (集英社文庫) [ 東野圭吾 ]

線形代数とその応用

 「抽象的になるということは、事柄によらず正しいと考えられているが、あまりにもそれを強調すれば真理ではなくなると思われる。」

 線形代数について、このように語るとすっと入ってくるのかと、目を開かされた本である。ガウスの消去法から始まり、線形空間に話が進んで行く。応用例もはさみこみながら、線形代数の本質が読者に伝わる構成になっている。
 この本には、現代数学社の雑誌に連載をするときに、じっくりと向き合った。そのため、開くたびに思いがこみ上げてくる。数学の伝え方と線形代数の奥深さを教えてくれた恩書である。
 高校数学では、行列が数学の教育課程からなくなり、ベクトルも隅に押しやられている感がある。しかし、発展しつつあるネットワークや人工知能は線形代数がなければ記述しえない。日常使っている表計算ソフトは行列のひとつの具体化であり、処理は当然線形代数がベースになっている。データを論拠に語る姿勢を培うためにも、線形代数の素養は不可欠であろう。理科を学ぶ上でもベクトルの知識があったほうがシンプルで分かりやすく捉えることができ、発展性もあるのではないか。
 ベクトルや行列の計算に早くから触れさせない教育課程は、日本の国力低下につながるのではと危惧を覚えずにはいられない。
 数学、とりわけ線形代数の重要性は、日々増している。数学教育の方向を考える上でも本書はたいへん示唆に富む。
 数学への思いを新たにさせてくれる、自らにとっては極めて重要な本。開くたびに影響を与えてくれる本を名著とよぶならば、まさしく数学における名著である。

線形代数とその応用

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