MAGI 天正遣欧少年使節 7
「MAGI 天正遣欧少年使節」第7話は「ユダは誰だ -フィレンツェ篇-」。少年たちは、メディチ家のトスカーナ大公に謁見する。その後、ローマに向かうが、途中で足止めとなる。
各地をめぐる少年たちを通し、当時のヨーロッパの文化を描いていく。伝統に裏打ちされた色彩美豊かな映像が見事。
「MAGI 天正遣欧少年使節」第7話は「ユダは誰だ -フィレンツェ篇-」。少年たちは、メディチ家のトスカーナ大公に謁見する。その後、ローマに向かうが、途中で足止めとなる。
各地をめぐる少年たちを通し、当時のヨーロッパの文化を描いていく。伝統に裏打ちされた色彩美豊かな映像が見事。
「MAGI 天正遣欧少年使節」第6話は「僕のために死ぬのか -フィレンツェ篇-」
ジュリアンが高熱で倒れ、残りの少年たちは東方からの三賢人としてMAGIという歓声のうちに迎えられる。
陰影のある映像で、ルネサンスの花を咲かせるフィレンツェの影の姿をも描く。科学と宗教との対立にもふれ、物語に奥行きを与えている。
「MAGI 天正遣欧少年使節」第5話は「歓声と憎しみの矢 -マドリッド篇-」。
フェリペ二世と信長の意をうけて向き合うマンショ。秀吉と利休の対面も短いが印象的。
人と人との対峙の内に多くを描き出す卓越した脚本にうならされる回。
「MAGI 天正遣欧少年使節」第4話は「太陽の沈まぬ国 -リスボン篇-」。喜望峰をめぐり、少年たちはついにヨーロッパの地に到達する。リスボンの大司教に拝謁するが、東洋からの民には侮蔑的な目が向けられる。続いて、一行はフェリペ二世に謁見する。
ヨーロッパの重厚な建築物の中で行われる欧州2要人との会見は極めて興味深い。
歴史的交流の場面を描く濃密な回。
「MAGI 天正遣欧少年使節」第3話は「煉獄のはじまり -ゴア篇-」。少年たちは、ゴアに着く。それまで主導していた宣教師がゴアにとどまることになり、他の宣教師が付き添うことになる。
早くも前途の雲行きが怪しくなる展開。重厚な映像の内に、少年たちの不安ととまどいを描く回。
「MAGI 天正遣欧少年使節」第2話は「東の果ての王 - 京都篇 -」。
宣教師と4人の少年たちは、京都で信長に謁見し、日本から使節であるお墨付きを得る。
悠揚とした信長を吉川晃司が好演している。少年たちとの謁見シーンや台詞が印象に残る。
山崎豊子原作「沈まぬ太陽」のWOWWOWドラマ第9話。第2部は、1985年8月12日の航空機墜落から始まる。
この日、航空会社はパーティを開いていたが、航空管制のレーダーから機影が消えた報が入り、経営陣は色めき立つ。ほどなく、群馬の山中に墜落したことがわかる。
恩地は救助のために登山の装備をし、現地に向かおうとするが、加害者である会社の社員は入山を差し止められる。恩地は搭乗者の家族の世話係をつとめることになる。それは、家族の悲嘆が直につたわる過酷な場であった。
1985年8月12日、忘れもしない日である。自分は日航機の墜落現場にほど近い万場町に職を得て一年目であった。その日は夜間にもかかわらずヘリコプターが飛行する音が聞こえ、ひっきりなしに救急車のサイレンが鳴っていた。翌朝、上野村の人から事実を知らされた。
ドラマは、当時の様子を極めて丁寧に再現している。緊迫した機内、搭乗者家族の様子応など、やや抑えめの表現であるがゆえにより胸にしみる。
圧巻のリアルさをもつ慟哭の回。
山崎豊子の小説「沈まぬ太陽」は、5巻に及ぶ大作である。組織の構造的問題を鋭く突くテーマ、世界各地に及ぶ舞台など、そのスケールの大きさゆえに、映像にするのは困難と思われたが、ついに映画化された。
大作が映画になる場合、パート1、パート2などに分けたり、三部作にするケースが多いが、「沈まぬ太陽」は、3時間22分の枠に収められた。長く描こうと思えばいくらでも長くできるだろうが、1本にすることで、テーマがより明確に浮かび上がったように感じる。
不屈の信念と矜持を持って生きる主人公、恩地を渡辺謙がじっくりと演じている。三浦友和演じる、恩地のライバル行天の、エリート社員の風貌で平然と悪事をなす姿が印象的。
何より、航空機墜落事故の描写には、感涙を禁じ得ない。
スタッフの執念が伝わる、渾身の日本映画。
「墜落遺体」は、1985年当時、遺体の身元確認作業の責任者であった著者による現場の記録である。
遺体の頭部の中から、他の人の目玉が発見されるなど、航空機事故の凄惨さが如実に伝わってくる。遺体が運びこまれる藤岡市民体育館は、気温が40度に上がり、死体の悪臭と線香の煙がたちこめ、時おり遺族の号泣や叫喚が響き渡る。
そんな中で、自ら病を患いながら、過労で寿命を縮めてまで遺体確認作業を全うする医師。遺族のショックをできるだけ和らげるよう、頭や胴だけでなく内臓までも丹念に洗い、遺体縫合、包帯巻を粛々と行う看護婦たち。自らの身内の死に目にも会わず、遺族との対応を優先する警察官。苛酷な現場で懸命に取り組む人々に、ひたすら頭が下がる思いであった。
そこに描かれているのは、職務を越えて、人としてなすべきことを憑かれたように行うことで、救いを求める姿であるようにも思えた。
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