エル・スール
ヴィクトル・エリセ監督が、父と娘の姿を静かに描く名作。繊細な情感のある美しい映画。
エル・スール
ビクトル・エリセ オメロ・アントヌッティ ソンソレス・アラングーレン
1994年の7月、前橋市民文化会館の演奏会に出かけた時のことである。演奏前に、食堂でサンドイッチと紅茶を頼んで待っていると、隣の席でやけに元気に喋っているお爺さんがいる。
「カラヤンは、歌手が気に入らないとすぐに変えるんだよ、それがね、…」
など、カラヤンの振舞いを見てきたようにまわりの人にいろいろと話している。顔をそちらに向けると、朝比奈隆その人であった。見てきたように話していたのではなく、見てきたことを話していたのだ。カラヤンのことを対等に話せる日本の指揮者は、この人をおいて他にいないだろう。
86歳になられるというのに、実に矍鑠としている。氏がテーブルを去られる時、いままで面識はないが、こちらは自然と頭を下げていた。
ホールには、演奏が始まる前の独特の緊張感が漂っていた。朝比奈隆が指揮棒を振りはじめると、ブルックナー交響曲第8番が素晴らしい美しさで迫ってきた。音が見事な輝きをもって響いてきた。後半は立っているのがたいへんそうで、指揮棒の先はふるえていたが、音楽は自然な流れを失わなかった。朝比奈と大阪フィルの信頼関係が切々と伝わってくる。
フルートの音が見事な均一感を持った弦の上に漂う。ティンパニーが魂の鼓動を的確に伝える。金管楽器が最大限に鳴らしても弦との調和を確実に保ち、深みを持った快い音である。全てのパートが完璧に自らの役割を心得ている。まさしく本物の演奏を聴いた。
ブルックナー:交響曲第8番(ハース版)
大阪フィルハーモニー交響楽団 朝比奈隆
高崎市文化会館で行われた第1回学校教育再興フォーラムに参加する。
最初の「教師上達論」は、優れた授業実践を行っている杉渕鉄良氏の、教師としての力量向上についての講義。毎日授業記録をつける、学級通信を毎年何百号も出す、教科書の2ページから毎日100問の問題を作るなど、求道的とも言える教師論を語っていた。
量は質に変わるということには、大いにうなずけた。
第2講義「家庭教育・学校教育に望むこと」は、不登校に体当たりで取り組んでいる長田百合子氏の熱気あふれる語り。自らいじめられ、非行に走った経験を持つ講師が、更正しその後多くの不登校やニートの若者と関わった話には、そのエネルギッシュなトークにより否応なく引き込まれた。
野口芳宏氏の「国民に求められる教師像」は、教育の成立条件は「信」「敬」「慕」にあるとし、「源流浄化」-教師は教育の源流であり、それが澄んでいれば川下も澄んでいくと語られた。格調があり、襟を正す講義であった。
陰山英男氏の「これからの日本の教育」は、中央教育審議会の議論の中心は学力であるとして、その方向性が語られた。中教審の議論は、全国の優れた実践をふまえ、現場の先生がしっかりやっているという前提で話をしているとのこと。
脳の高い処理能力を高める教育の在り方、日本は世界で最もビデオやテレビを見る時間が長く、勉強時間が短い国という事実、英語教育の問題など、話題は多岐に渡った。
氏が校長を勤めた土堂小学校の「早寝早起き朝御飯」「読み書き計算の徹底反復」「モジュール授業」など、学習活動のポイントを示したところで時間となってしまった。あまりに多くの背景をもつ講義であった。
最後の教育オーディションでは、6つの教育実践のプレゼンテーションが行われた。発表内容も興味深かったが、野口氏や陰山氏などの講師のコメントもたいへん参考になった。
午前9時から午後5時にわたるフォーラムであったが、時間の長さを全く感じさせない、極めて充実した内容であった。
ふだん何気なく見ている鳥が、人間を襲いはじめたら…その恐怖を、見事な構成で描いたヒッチコックの代表作。映像から、じわじわと広がる恐怖感が伝わってくる。
鳥の恐怖と、人々の絆がバランスを持って描かれ、心理的な奥行きを持った映画。ラストの不気味な美しさは実に印象深い。
鳥
アルフレッド・ヒッチコック ティッピ・ヘドレン ロッド・テイラー
列車を舞台としたスパイ・スリラー。白黒ではあるが、ストーリーは見事であり、カメラワーク、ファッションなどもたいへん楽しめる。ヒッチコックの手腕が遺憾なく発揮された名作。
ジョン・バカンの小説「三十九階段」は、1915年に出版された冒険小説。イギリスの青年が、ふとしたことで国際的陰謀に巻き込まれる。第1次世界大戦の国際緊張を背景とした作品。今読んでも、充分に面白い。
三十九階段
ジョン・バカン 小西 宏
ワンピースは確かに変な漫画かもしれない。バラバラになったり、砂になったりする奇妙な敵が現れるし、変な面相をしたキャラクターが次々登場する。しかし、淡々と良い話がつなぎ合わされている物語であることも確かだ。
コミックの41巻では、長い間謎にされてきたニコ・ロビンの過去が描かれる。歴史と個人の関係もテーマとなっている。文芸大作にもひけをとらない漫画。
One piece (巻41)
尾田 栄一郎
1985年8月12日、御巣鷹山に日航機が墜落し、520名の命が奪われた事故から21年が経つ。「墜落遺体」は、当時、遺体の身元確認作業の責任者であった著者による現場の記録である。
遺体の頭部の中から、他の人の目玉が発見されるなど、航空機事故の凄惨さが如実に伝わってくる。遺体が運びこまれる藤岡市民体育館は、気温が40度に上がり、死体の悪臭と線香の煙がたちこめ、時おり遺族の号泣や叫喚が響き渡る。
そんな中で、自ら病を患いながら、過労で寿命を縮めてまで遺体確認作業を全うする医師。遺族のショックをできるだけ和らげるよう、頭や胴だけでなく内臓までも丹念に洗い、遺体縫合、包帯巻を粛々と行う看護婦たち。自らの身内の死に目にも会わず、遺族との対応を優先する警察官。苛酷な現場で懸命に取り組む人々に、ひたすら頭が下がる思いであった。
そこに描かれているのは、職務を越えて、人としてなすべきことを憑かれたように行うことで、救いを求める姿であるようにも思えた。
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