海の祭礼
北海道、天北の地から海を望むとき、いつもその姿を誇示している利尻島には、稚内からフェリーで1時間半ほどで行ける。船が島に近づくにつれ、山は視界に大きく広がってくる。標高1721mであり、周囲約60kmの島全体が山の一部であるといえる。
数年前、利尻島に行った時のこと。フェリーが着く港のそばに何件か食堂があったが、ガイドブックにも載っていないようなごく大衆的な食堂にはいった。中で子供が水鉄砲で遊んでいるような、きどらない店であった。ウニ丼を注文してしばらく待つと、明るい黄色を帯びたウニが溢れるばかりに載ったどんぶりが出てきた。普段目にする固まったウニとは違い、溶けて流れ出しそうなやわらかさである。口にすると、甘みを帯びた豊かな味。海無し県に住んでいる身にとって、それは日常触れることの出来ない味覚であり、感激した。その朝に獲れたウニを、その場でからをむいて出すと店の人が話していた。確かに食事する場所から見える調理場には、黒いトゲに覆われた殻がいくつか転がっていた。
流通するウニは形をくずさないためミョウバンで固めるので、苦みが混じり風味が数段落ちる。利尻のウニは、混じりっ気なしで、しかも利尻昆布を食べて育ったウニであり、産地で食べなければ本当の味はわからないだろう。
旅館の階段に「海の祭礼」という本が展示してあった。吉村昭の著作で、江戸時代、日本に憧れ単身利尻島に上陸したラナルド・マクドナルドをめぐる話である。彼と日本人通訳との交流を軸にして、幕末の歴史を独特な視点から描き興味深かった。
北海道へは旅するごとに深い情緒と、様々な刺激が与えられる。情・知共に得るところの多い尽きせぬ魅力をもった土地である。
海の祭礼
吉村 昭
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