一路(上)
参勤交代の差配役を十九歳にしてまかされることになった小野寺一路。父の跡を継ぎ、家伝の書を頼りに古式ゆかしき参勤交代を執り行うことになるが…。
不手際があれば家名断絶となる運命を背負い、一路は行軍を指揮する。準備に難渋するが、中山道を進む行く手には、さらに数多くの困難が立ちはだかる。
ロードムービー的な趣向と時代劇のお芝居的妙味を会わせた浅田次郎快心の歴史小説。
参勤交代の差配役を十九歳にしてまかされることになった小野寺一路。父の跡を継ぎ、家伝の書を頼りに古式ゆかしき参勤交代を執り行うことになるが…。
不手際があれば家名断絶となる運命を背負い、一路は行軍を指揮する。準備に難渋するが、中山道を進む行く手には、さらに数多くの困難が立ちはだかる。
ロードムービー的な趣向と時代劇のお芝居的妙味を会わせた浅田次郎快心の歴史小説。
「コララインとボタンの魔女」のスタッフが制作した「クボ 二本の弦の秘密」。
素晴らしい。あまりに素晴らしい。美術的な卓越したセンス。日本の文化に対するまごうかたなきリスペクト。技術と魂が融和した作品世界にひたすら没頭した。
美とは人の営みが意志をもって突き詰められることによって他に感動を与える。それを如実に示した作品。折り紙のシークエンスはどれも見事。二胡の音楽はシンプルゆえにすっと心に届く。
惜しむらくは、後半のストーリーの練度がいまひとつのところか。造形が前面に出て物語がついていけない側面があったことは否めない。しかし、ストップ・モーションの技術はそれを補って余りある。
動きと美的センスが光る職人芸的アニメの傑作。
北方謙三の「水滸伝」第十九巻、旌旗の章。童貫の総攻撃により、梁山泊は追い詰められていく。壮絶な闘いにより、多くの士が最期を迎える。起死回生をはかり、史進と楊令は童貫の首を狙い疾駆する。
壮大な物語の最終巻。筆者はこれをすべて原稿用紙に万年筆で書いたという。前半は牧歌的な描写もあったが、ここに至り筆は憑かれたように突き進む。
幾多の登場人物たちが苛烈な状況下で懸命に生きる様は、永遠に読み手を刺激する。
人生の諸相を鮮やかに活写する、怒濤の長編小説。畢生の大傑作。
北方謙三の「水滸伝」第七巻、烈火の章。宋江一行5名は、山の中腹にある洞穴にこもる。周囲を宋軍1万六千が包囲するが…。
前半の籠城戦が極めて面白い。少数精鋭対大軍のスリリングな攻防に時を忘れて没頭させられた。
敵の実力をまざまざと知った宋は、全力をあげて梁山泊側と対峙することになる。そのための組織改革が、新たな参謀、聞煥章を迎えて強引に進められる。
動乱の発火点を迎えた急迫の第七巻。
北方謙三の「水滸伝」第六巻、風塵の章。冒頭から極めて面白い。宋江一行は旅先であるときは盗賊に出くわし、あるときは持て成しを受ける。その過程で仲間が増える様はRPGのようである。
見どころが多く、宋江と王進との会話、宋の将軍泰明と梁山泊の魯達との会見などは深みをたたえた名場面。
心にしみいる場面と緊迫の状況が交錯する巻。
中国の北宋末期、民に重税を強いる暴政が横行していた。その腐敗した政府を倒し時代を変えるため、立ち上がった男たちの物語。
北方謙三の小説「水滸伝」は、中国の古典を大胆に再編し、一人一人の生き様を鮮烈に活写する。第一巻からその世界に引き込まれ、次を読まずにはいられなくなる。
圧巻の筆力で読み手に迫る壮大な物語の幕開け。
グレン・グールドのピアノによる、レオポルド・ストコフスキー指揮アメリカ交響楽団とのベートーヴェン・ピアノ協奏曲第5番は、一期一会の名演。
繊細で闊達なグールドのピアノはこの曲の美質を最大限引き出している。巨匠の華麗な指揮によるオーケストラも融和し、音楽を作り出す喜びに溢れている。それは、聴き手にも至福のときを与えてくれる。
山崎豊子原作「沈まぬ太陽」のWOWWOWドラマ第9話。第2部は、1985年8月12日の航空機墜落から始まる。
この日、航空会社はパーティを開いていたが、航空管制のレーダーから機影が消えた報が入り、経営陣は色めき立つ。ほどなく、群馬の山中に墜落したことがわかる。
恩地は救助のために登山の装備をし、現地に向かおうとするが、加害者である会社の社員は入山を差し止められる。恩地は搭乗者の家族の世話係をつとめることになる。それは、家族の悲嘆が直につたわる過酷な場であった。
1985年8月12日、忘れもしない日である。自分は日航機の墜落現場にほど近い万場町に職を得て一年目であった。その日は夜間にもかかわらずヘリコプターが飛行する音が聞こえ、ひっきりなしに救急車のサイレンが鳴っていた。翌朝、上野村の人から事実を知らされた。
ドラマは、当時の様子を極めて丁寧に再現している。緊迫した機内、搭乗者家族の様子応など、やや抑えめの表現であるがゆえにより胸にしみる。
圧巻のリアルさをもつ慟哭の回。
「沈まぬ太陽」を強く意識するようになったのは、1999年の群馬交響楽団定期演奏会で、「ヴェルディのレクイエム」を歌った日であった。300人を超す合唱団員の一人として舞台に立ったが、幸運なことに、ソリストのすぐ後ろ、指揮者高関健氏の真ん前で歌うことができた。日本を代表するソリストの歌唱を手が届くほど間近で聴き、音楽に和すことができたのは、この上ない幸せであった。
本番が終わった後には、合唱団員が舞台に再度集まり、指揮者やソリスト、合唱指導者などが講評を行うセレモニーがある。このとき、メゾソプラノの永井和子さんが、こんなことをおっしゃった。
「山崎豊子の『沈まぬ太陽 第3巻』をちょうど読み終えたところで、この地の近くである御巣鷹の尾根で飛行機事故により亡くなった人々の冥福を祈りながら歌いました。」
捧げる対象があることで、音楽の真価が表れることを深く感じさせられた日であった。
ジャンボ機墜落事故を軸に、航空会社を描く大作「沈まぬ太陽」は、極めて密度の濃い、充実した読後感のある作品。元日航社員の小倉寛太郎氏、鐘紡会長の伊藤淳二氏など、実在の人物や事柄がモデルになっている。それらの人々の真摯な生き様と、利権を守ろうとする魑魅魍魎の対比が見事な筆致で活写されている。
中核をなす御巣鷹山の惨事とそれをめぐる家族の描写は、涙なくしては読めない。作家生活40年で培われた卓越した語り口に魅惑され、テーマに向かう気迫に圧倒された。
2005年の5月4日に、群馬県立自然史博物館の特別展「アフリカの風~小倉寛太郎サファリ3000日」を見に行く。小倉寛太郎氏は、山崎豊子の小説「沈まぬ太陽」のモデルになった人である。氏がアフリカでハンティングをした剥製や、アフリカの動物や自然を写した雄大な写真が多く展示されていた。
印象的だったのは、小倉氏の自宅に集う人々の写真で、中には渥美清や八千草薫なども写っていた。氏を通してアフリカの魅力にとりつかれた著名人は多いようだ。
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