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沈まぬ太陽

 「沈まぬ太陽」を強く意識するようになったのは、1999年の群馬交響楽団定期演奏会で、「ヴェルディのレクイエム」を歌った日であった。300人を超す合唱団員の一人として舞台に立ったが、幸運なことに、ソリストのすぐ後ろ、指揮者高関健氏の真ん前で歌うことができた。日本を代表するソリストの歌唱を手が届くほど間近で聴き、音楽に和すことができたのは、この上ない幸せであった。

 本番が終わった後には、合唱団員が舞台に再度集まり、指揮者やソリスト、合唱指導者などが講評を行うセレモニーがある。このとき、メゾソプラノの永井和子さんが、こんなことをおっしゃった。

 「山崎豊子の『沈まぬ太陽 第3巻』をちょうど読み終えたところで、この地の近くである御巣鷹の尾根で飛行機事故により亡くなった人々の冥福を祈りながら歌いました。」

 捧げる対象があることで、音楽の真価が表れることを深く感じさせられた日であった。

 ジャンボ機墜落事故を軸に、航空会社を描く大作「沈まぬ太陽」は、極めて密度の濃い、充実した読後感のある作品。元日航社員の小倉寛太郎氏、鐘紡会長の伊藤淳二氏など、実在の人物や事柄がモデルになっている。それらの人々の真摯な生き様と、利権を守ろうとする魑魅魍魎の対比が見事な筆致で活写されている。

 中核をなす御巣鷹山の惨事とそれをめぐる家族の描写は、涙なくしては読めない。作家生活40年で培われた卓越した語り口に魅惑され、テーマに向かう気迫に圧倒された。
 

沈まぬ太陽〈3〉御巣鷹山篇 (新潮文庫)

沈まぬ太陽〈4〉会長室篇(上) (新潮文庫)

沈まぬ太陽〈5〉会長室篇(下) (新潮文庫)

小倉寛太郎氏

 2005年の5月4日に、群馬県立自然史博物館の特別展「アフリカの風~小倉寛太郎サファリ3000日」を見に行く。小倉寛太郎氏は、山崎豊子の小説「沈まぬ太陽」のモデルになった人である。氏がアフリカでハンティングをした剥製や、アフリカの動物や自然を写した雄大な写真が多く展示されていた。
 印象的だったのは、小倉氏の自宅に集う人々の写真で、中には渥美清や八千草薫なども写っていた。氏を通してアフリカの魅力にとりつかれた著名人は多いようだ。

1999年駒場祭講演会・小倉寛太郎「私の歩んできた道」
「小倉寛太郎さんお別れの会」についてのご報告 (吉川勇一氏)

沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上) (新潮文庫)

沈まぬ太陽〈2〉アフリカ篇(下) (新潮文庫)

モーツァルトのレクィエム

 夕暮れが深まる中、田圃の中の一本道を走る車中で久しぶりに合唱曲を聴く。リッカルド・ムーティ指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が演奏するモーツァルトのレクィエム。

 次々とあふれ出る豊かな曲想に久々にふれ、これほどドラマチックだったのかと新鮮な思いがした。レクイエム-死者を安んじる鎮魂の曲であるはずだが、前半はオペラのような激情と迫力を感じる。

 涙の日-Lacrimosa は、静かな感動を覚える。この曲は特に感慨深い。最初に歌ったのは、上越新幹線が上野駅から東京駅まで延びたことを記念しての、東京駅でのコンサートであったと思う。なぜそのシチュエーションで曲がLacrimosaだったのか、覚えていない。

 なにより忘れがたいのは、群馬交響楽団を質の高いオーケストラに育てた丸山勝広さんの楽団葬の時に歌ったLacrimosa だ。リハーサルのときに、小澤征爾さんが、「みんなで丸山さんに、僕たちの曲を聴かせてあげましょう」と言った言葉がずっと印象に残っている。本番では、山本直純さんの指揮で、思いを込めたLacrimosaが会場をふるわせた。小澤征爾さんも横で共に歌ってくださったようだ。

 ムーティの指揮による清冽な演奏は、夏の夕暮れ雲へ溶け入るように澄んだ気持ちにさせてくれた。

モーツァルト:レクイエム
ムーティ(リッカルド) モーツァルト ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 スウェーデン放送合唱団
B000066ABM

トロン

 ディズニー最初のCG映画は1982年公開の「トロン(TRON)」である。公開当時、大学生であったが、CGに興味を持っていたので映画館へ見に行った記憶がある。ネットワークの世界に生きる悪の組織を倒すという話だったようだ。肝心のCGの部分は、当時でもそれほどインパクトを感じなかったように思う。バイクのような乗り物に変身して疾駆するCGが有名なシーンだったようだ。CGを画面全体で使うエポックメイキング的な作品なのだろうが、実写とCGがあまりに分離していたような印象が強い。ディズニーが表現の試行錯誤をした史跡的な作品か。でも、今見ると意外と興味深いかもしれない。

トロン
ジェフ・ブリッジズ スティーブン・リズバーガー ブルース・ボックスレイトナー

Mr.インクレディブル

 「脚本は技巧ではない、素材にたいする作者の魅力のもち方なんだ、ということは夢忘れてはならない」-山田洋次監督がその著書「映画をつくる」で述べた言葉である。ディズニーの長編CG映画、「Mr.インクレディブル」は、まさしく作り手が素材に大いなる魅力を感じていることが伝わってくる映画だった。

 かつて悪と戦ったヒーローが、一般市民として暮らすことを余儀なくされてからの日々と復権を描く作品である。「スーパーマン」「バットマン」などのヒーロー物と、「007シリーズ」「ミッション・インポッシブル」などのスパイ物に対するオマージュでもある。CG(コンピュータ・グラフィックス)という自在な手段で、スーパーヒーローの活躍が思う存分表現されている。

 「トイ・ストーリー」も、意思を持ったおもちゃという素材が、CGという表現手段にマッチしていた。ところが、映画「ファイナルファンタジー」は、CGの技巧のみを追い求めて、平板な脚本で、なぜか画像も話も終始暗く、極めて資源がもったいない作品であった。

 「Mr.インクレディブル」は、とにかく最初から最後まで楽しめる作品であった。特にヒーローのスーツを作るデザイナーのキャラクターが引き立っていた。こういう縁の下の力持ち的な存在が描かれるのは好きだ。しかも、主人公を食ってしまうほど個性的である。また、背景のCGは緻密で、画面の色彩設定も嫌みがない。脚本も相当練ったのであろう。そういった苦労を感じさせないほど、自然と話に引込まれた。

 「作者がじつに気楽に、それこそ小鳥がさえずるように軽やかにつくっている様子が想像できて、観客も気持ちよくなってしまう、そんな作品をつくることこそほんとうの苦労がある」-これも山田洋次監督の言葉だが、このCGの映画もフーテンの寅さんと一脈通じるところがあるのではないか。

Mr.インクレディブル
ジョン・ウォーカー,  三浦友和,  渡辺美佐,  ジェイソン・リー
B0009DC7YU

映画をつくる

 フーテンの寅さん「男はつらいよ」シリーズで知られる山田洋次監督の著作。渥美清主演の「男はつらいよ」は、1969年から1995年まで、48作続いた。この本で語られている山田洋次監督の映画づくりの背景や思いに、長く愛される理由があるように感じた。

 本書は、「男はつらいよ」「家族」「幸福の黄色いハンカチ」などの制作の経緯や苦労などが書かれている。
 「自分の国を、自分の民族を、その生活を誠実にみつめることによってはじめて、その映画は国や民族を越えて国際的なものになる」
「いい仕事をしてきた俳優には、演出家ならびにスタッフを信頼する態度がある」等、示唆に富む文が多い。

 誠実に仕事をしてきた人の文章にふれると、清々しい気分になれる。

映画をつくる
山田 洋次
427288400X

宇宙戦争

 宇宙人が破壊の限りを尽くして地球を襲う「宇宙戦争」。スピルバーグ監督、トム・クルーズ主演の映画が公開されている。原作は、100年以上前の作品であり、原作者H.G.ウェルズの想像力にはただただ圧倒される。原作については、MTB氏のコラムが興味深い。

 また、1938年に当時23才のオーソン・ウェルズが、この原作を元に火星人来襲のドラマを放送し、全米で本物の侵略かとパニックに陥ったことは有名である。このことはオーソン・ウェルズとグローバーズ・ミルのサイトに詳述されている。

 1953年に「War of the Worlds/宇宙戦争」は映画化されている。今回のトム・クルーズ主演の映画は、そのリメイクである。

 ストーリーは単純この上ない。それだけに、視覚効果や音響効果がより直截的に訴えかける。特に、重低音の音響は座席が揺れるかと思われるほど迫力がある。

 原爆、日航機墜落、9.11テロと、現実の危機を想起させる映像も多く、100年の時を経て人類が自らの内に「外からの侵略」以上の脅威を持ったことを突きつけてくる映画であった。

宇宙戦争
トム・クルーズ
B000BC8IYW
宇宙戦争
ジーン・バリー
B000A1ECZS

十一番目の戒律

 ジェフリー・アーチャー作のサスペンス。CIAエージェントに課された密命を軸に、大統領とCAIの確執、ロシア・マフィアの暗躍などが描かれている。
 スリリングな展開、伏線の妙、ウィットに富んだ文体が味わえる。

十一番目の戒律
ジェフリー アーチャー Jeffrey Archer 永井 淳
410216121X

MuPAD

 MuPAD について最初に知ったのは、土基善文氏の「xのx乗のはなし」という本であった。現代数学社の「理系への数学」誌に書評を載せるために読んだのだが、その中にMuPADの図が描かれていた。教育関係であればフリーに使えるということに惹かれた。自分は、Mathematicaを10万円以上出して買ったため、同様の機能があってフリーというのは、いろんな意味でたいへんなことであった。
sinrot  MuPADは、優れた数式処理システムであり、フリーのLight版は、インターフェースこそ貧弱であるが充分利用価値のあるソフトである。
 MuPADを解説した日本語の書籍は、1年前までは赤間世紀氏の「はじめてのMuPAD―MuPAD Pro2.0 for Windows」しかなかったが、昨年末に、生越茂樹氏の「基礎からのMuPAD」が出版された。同氏のサイト「高校生のためのMuPAD」が基になっている。例題も豊富で、数学に興味を持つ高校生にとっても、刺激を受ける部分が多いと思う。プログラミングは、おそらくスペースの関係で掲載できなかったのであろうが、その入り口でも触れてあれば、よりベターかと感じた。
 数式処理を手だてとして、数学で様々な表現を試みる環境ができ、数学に関心を持つ層が厚くなっていくことを切望している。

4777510840 基礎からのMuPAD
生越 茂樹

453560844Xxのx乗のはなし
土基 善文

数式処理

logob  高等学校の先生を対象に、数式処理の講義を行う。まず、日本語版LOGOである「ロゴ坊」を紹介する。

 くりかえせ 4 「まえへ 100 みぎへ 90」

で四角が書ける。同様に、三角形など、他の図形を書くことを試みてもらう。そして、円は、どうすれば書けるかを考えてもらう。

 くりかえせ 360 「まえへ 1 みぎへ 1」

のような命令で描けることを、こちらから教えるのではなく、子供たちが自分で考えていくことが重要である。自分で描き方が見つかれば、円は正多角形の極限であることが自然と捉えられるであろう。また、タートルは常にその瞬間に向かう方向を示している。円が描けた後で、前に進ませれば、それは接線の方向を表している。つまり、タートルの存在そのものが微分概念を内包しているのだ。このように、LOGOは、数学の概念形成につながることを伝える。

 次に、数式処理ソフトの紹介をする。
   factor(a^2-b^2)
と命令すると、aの2乗マイナスbの2乗を因数分解し、
   (a-b)(a+b)
と出力してくれる。

 以前、自分はMathematicaを用いて高校数学を学ぶ本「Mathematicaでトライ! 試して分かる高校数学」を現代数学社から出版し、その内容を高校の授業で実践したことがある。

 今回は、教育機関では無料で利用できる数式処理ソフトMuPADを用いて、試行錯誤的に数学を学ぶ課程を、高校の先生方に体験してもらった。自ら数式処理という新しい内容を、テキストに沿って個別に学ぶことで、従来の例題の解法を示し類題を解かせるという形とは違った方法を体験し、それを授業づくりに生かしてもらうことにした。試行錯誤を取り入れた数学の授業の指導案を作成してもらい、1日の講義と演習を終えた。
 各人ごとに課題を持ち、探求していけることが、数式処理ソフトのよさだ。

試して分かる高校数学―Mathematicaでトライ!
大塚 道明
4768702872

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