教えることの復権

 『この単元で教わったいちばん大事なことは、こつこつとした作業を確実に誠実に重ねていくと、ちゃんとある程度の仕事ができるということだった。…… このつつましくて誠実な仕事のこなし方は、国語という教科に限定されるものではなかった。学校の中にさえ限定されない。』

 「教えることの復権」は、大村はまの授業を通じ、教師の「教えること」を見つめ直した本。大村はまの教え子であった苅谷夏子が、その授業から得たものを伝える記述には心を揺さぶられた。優れた実践が、学ぶ側から実に豊かに描かれている。

 『学校という場は、すでにできあがった知識体系を、疑う余地も残さず、あたりまえの顔をして教えてしまう。立派な知識のお城を前に、生徒は萎縮した未熟な存在にならざるをえないところがある。ところが、この「ことば」という平易な、しかしやっかいなことばの分類をしてみたことで、私は、しゃんと背筋が伸びた気がしたわけだ。過去に知的遺産を築いた人々と同等の資格を持って、堂々と勉強を進める楽しさを教えられたのかもしれない。』

 本書の後半では、苅谷剛彦が大村はまの授業実践を基にして、「教えること」の意味を論じている。

 『大村の実践が示す「教えることの責任」とは、教師自身が自分自身の実践をどれだけ冷徹な目で誠実にチェックできるかどうかにかかっている。それも、授業の出来不出来というだけでなく、生徒たちにどのような具体的な力をつけることができたのかを、突き放して見ることができるかどうかなのだ。』 

 なぜ子どもたちを教えるのか。教育の根元的な問いかけを見つめ直すきっかけとなる本。

教えることの復権 (ちくま新書)
大村 はま 苅谷 夏子 苅谷 剛彦
4480059997

これなら分かる応用数学教室 -最小二乗法からウェーブレットまで-

 本書は、大学2年生のための「応用数学」の授業のための講義ノートが基になっている。線形代数と解析の基礎を説明しながら、信号処理への応用を記した本である。

 「最小二乗法」から始まり、「直交関数展開」「フーリエ解析」「フーリエ級数」「固有値と2次形式」「主軸変換とその応用」「ウェーブレット解析」の章で構成されている。
 簡潔に定理とその解説が示され、多くの具体例を交えながら話が進む。情報処理社会を支えている基盤技術であるデジタル処理に、数学がどのように用いられているのか、スッキリと理解できる。画像処理、データ圧縮などに関わる内容であり、高校・大学で学んだ数学が、このように活用されるのかと感動すら覚える。まさに、「ストーリーのある数学」の書となっている。

 節の最後にある「先生」と「学生」の「ディスカッション」がこの書の大きな特徴となっている。対話の中で、学生が質問をし、先生が答えるのだが、具体的なイメージを与える解説であったり、先につながる発展的な事柄を示すなどの内容になっている。読んでいて、「そうそう、そこが疑問だったんだよ」という点を「学生」はズバリと質問してくれる。「先生」の回答により、数式の意味がよりはっきりと捉えられるであろう。
 また、数式や計算を追うことに疲れた頃合いで丁度「ディスカッション」となる。「ディスカッション」は読者が学ぶ際のリズムを作る役割も担っている。

 生きた数学を伝えてくれる、教育的な配慮が行き届いた優れた書。

これなら分かる応用数学教室―最小二乗法からウェーブレットまで

スグわかる!まんが将棋入門

 「ドラゴン・クエスト」風の、ロール・プレイング・ゲーム仕立てでストーリーが進む漫画を通して将棋を学べる「まんが将棋入門」。面白そうなので、買って見ていたら、小学4年生の長男が興味を示して本をすぐに奪われてしまった。読んで3日目で対局をしたがり、マグネット将棋盤を買ってきて勝負をした。それ以来、ずいぶんとはまっているようで、弟にルールを教えながら二人でやっているようだ。ちょっとの間に、二人とも随分と将棋ができるようになった。
 この本は、漫画をベースとしながらも、ストーリーの間に的確な解説が入る。将棋のルールから始まり、手筋、戦法まで示しており、ばかにできない内容の濃さがある。漫画をはさむとはいえ、全体で400ページ近くあるボリュームはなかなかのもの。図や問題も豊富で、飽きさせない工夫が随所にある点も良い。
 子どもたちもハマッた、わかりやすさ抜群の将棋入門。

ハンディー版 スグわかる!まんが将棋入門―ルールと戦法完全マスター
羽生 善治 かたおか 徹治 石倉 淳一
4774308773

黒田硫黄 茄子

 ナスをモチーフにした、黒田硫黄の連作短編漫画「茄子」。男女のすれ違いや、青春のひとコマなど、人生の断片を鮮やかに切り取る連作短編。
 スペインの自転車ロードレースを描いた「アンダルシアの夏」は、高坂希太郎監督により劇場アニメ化された。
 登場人物の一人一人が、皆印象に残る。読む喜びを感じる味わいのある漫画。

茄子 (1)
黒田 硫黄
4063142728

さおだけ屋はなぜ潰れないのか?

 書名の「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」のような、素朴な疑問から会計の考え方を記した本。飲み会のワリカンで「キャッシュ・フロー」を説明したり、雀荘のシーンから「回転率」を語るなど、具体例が見事。身近な内容から、ずばりと本質を示す方法は、教育という面でもたいへん参考になる。

さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学 (光文社新書)
山田 真哉
4334032915

学校崩壊

 1997年の神戸連続児童殺傷事件、98年の黒磯事件などをきっかけに、「学級崩壊」について急速に目が向けられるようになった。
 「学校崩壊」には、現場で真剣に生徒と向き合ってきた河上亮一氏の実体験に基づき、児童生徒の変化と、行ってきた対応、マスコミの言説に対する批判が記されている。1999年に発刊された本であるが、現在でも示唆に富む。
 「他人を受け入れない、固くて狭い自我を持った子どもの登場」「社会的自立がきわめて困難になった子どもたち」は、フリーターやニートの増加などの社会問題につながっている。また、クレームが急増し、閉塞感のある現状とも関連がある。
 著者は、目の前の事態に対し、「できることを精いっぱいやる、そのうえで、できないことはできないと、社会に向かって発言し、問題を公にすることが要求される。」と記す。第一線で生徒指導に取り組んだ著者の実感がこもっている。現実をしっかり見据えることを訴えた教育書。

学校崩壊
河上 亮一
4794208677

孟嘗君 3

 中国の戦国時代を舞台にした、宮城谷昌光の「孟嘗君」第3巻を読む。各国の動きが活発になり、登場人物が歴史のうねりの中でそれぞれの美質を発揮していく。知力のせめぎ合いが国を変えていく激動の巻。

孟嘗君(3) (講談社文庫)
宮城谷 昌光

西郷隆盛

 明治維新を成し遂げた西郷隆盛の生涯を息子の音読でたどる。NHKの大河ドラマで「篤姫」が放送されるので、今回はそれにちなんで鹿児島が生んだ偉人を選んだ。毎日一章ずつ読み、一ヶ月かからずに読み通せた。

 島津斉彬に見いだされ、藤田東湖、橋本左内など優れた人物と出会い、多くの人と交わり人望を高めていく。斉彬公亡き後、僧月照と入水自殺をはかる。島津久光にうとんぜられ、島流しとなり苦境の日々を送るが、その人望ゆえに京で薩摩藩の中心となり活躍する。戊辰戦争では、勝海舟との会談に応じて江戸を戦火から救う。維新後、請われて明治政府に入るが、征韓論で大久保利通と袂を分かち、鹿児島の野に下る。士族の反発を抑えきれず、やがて西南戦争に担ぎ出される。誠に私心を棄てて事に当たり、義を貫く生涯であった。

 幕末の動乱と維新直後の混乱を描くには、さすがにページ数が足りない。平易に記す努力はされているが、子どもには読んでいて意味の分からない語句が多かったようだ。それでも、「西郷さんの心根の強さがすごいと思いました。」と感想を書いていたので、人物の偉大さは伝わったようだ。
 勝海舟も「氷川清話」の中で、「至誠の人」として、西郷の人物の大きさを讃えている。
 「敬天愛人」、西郷隆盛の生き様は、生涯にわたり刺激を与え続ける。

西郷隆盛―明治維新の功労者 (講談社火の鳥伝記文庫 (26))
福田 清人
4061475266

高校数学で解く社会問題

 正社員とフリーターの収入格差は生涯を通すとどのくらいになるか。松枯れをどのようにして防ぐのか。地震のエネルギーはどのように計算されるのか。本書は、このような社会問題に関わる場面で、高校数学がどのように使われているかを記した書である。

「高校学校においては、目標について、高等学校における数学学習の意義や有用性を一層重視し改善する。」
 平成20年1月17日に示された中央教育審議会答申「学習指導要領等の改善について」において、高等学校数学の項では、このように記述されている。
 しかし、現在の高校数学の教科書では、なぜか社会で数学が応用される例はほとんどあげら れていない。 三角関数、微分積分、ベクトルと行列などは、社会科学でもごくあたりまえに使われている。その一端を示すだけで、数学への興味を持つ生徒の割合は増えると思う。しかし、現状では、教科書に応用面を書くと、まるで純血が汚されると恐れているかのように、極力記述を避けているように感じてしまう。

 「高校数学で解く社会問題」では、様々な立場の専門家が、高校数学の使われ方を記し「有用性」を示している 。ただ、もう少し数式を載せてもよいのではと感じた。専門的な話は興味深いのだが、数学が適用される数式の例はもっとあったほうが、本書の趣旨にあうのではないか。
 その点、第一章の「学歴社会の収入格差を考える 」では式を用いて的確な説明がなされていた。生涯賃金を計算するにあたり、具体的なデータから3次関数に補完し、積分で求め る説明はたいへん分かりやすい。しかも、EXCELを用いて実際に計算する方法が示 されている点がよい。このように、社会問題を自らの手で計算する様々な場面を設けることで、数学を理解する層が厚みを増すであろう。

 別の面から捉えると、社会問題で使われている数学を整理することで、高校数学に求められている内容がより明確になるのではないか。例えば、最小二乗法などは、どの分野でも用いられる手法であり、高校数学のひとつの到達点として位置づけることもできる。

 「数学が社会に生きている。」
生徒がそう実感できる高校数学になってほしいと切に願っている。

こんなに役立つ数学入門―高校数学で解く社会問題 (ちくま新書 653)
広田 照幸 川西 琢也
4480063587

池上彰 「伝える力」

 「週刊こどもニュース」のお父さん役だった池上彰が、「話す」「書く」「聞く」など、様々な場面での「伝え方」を綴った本。 伝え方の本としては、池上氏の前著『相手に「伝わる」話し方』も自身の体験に根ざしており良かったが、今回の書は、さらに方法や心得が全面に出ている。
 NHKのニュース・キャスターや、「こどもニュース」での体験なども盛り込まれ、さらりと読めるが内容はしっかり。ジャーナリズムの一線で活躍した著者により、洗練された「分かりやすさ」が示されている。

 「週刊こどもニュース」を制作するにあたって、「日銀のしくみ」や「インフレ」を説明するために教科書を見たが、ほとんど役に立たなかったという。「教科書や参考書は非常にわかりにくい」という指摘は考えさせられる。本書から、「分かりやすさ」を求めることの大切さを改めて実感できた。

 「根本的なことを、きちんとわかりやすく説明する。それがいかに難しいことか。多くの専門家が、その課題から逃げていたのです。」

伝える力 (PHPビジネス新書 28)
池上 彰
4569690815

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